停電から学ぶ、小さな経験を膨らませて感じる想像力

誕生日会の日は天気予報では嵐で、テレビをつけたら今日は雨戸を閉めて外出しないようにといっていました。

でも紗侑良花は風もなくて、本当にいいお天気で、ハヴァンも外で順調にできて、すべてのイベントがタイムスケジュールを上回る楽しさでどんどん進んでいきました。

帰りもみんな雨にも濡れず、電車もちゃんと時刻通りに動いて家まで着いたと連絡があって、本当に守られているなと、幸せがずーっと続いていたのです。

そしてその夜、お手洗いに行こうと夜中に目を覚ましたのが1時くらい。スタンドの電気がつかなくて、あれ?電球が切れたのかなと思って、他のスイッチを入れてもどこもつかなくて、携帯電話の明かりで階下まで降りて、ブレーカーを見ても落ちていないのでやっと「あ、停電だ」って気がついたんですね。

朝起きても全然スイッチが入らず、冷蔵庫には皆さんの手作りの美味しい料理やケーキがいっぱい入っていたし、どうしようって思いました。

その停電の間にも、朝ごはん食べようかってふとすると「なんか音楽、BGM」「あっそうだ停電なんだ」。

キッチンではパンをせっせと切ってトースターに入れて並べて、スイッチ入れようとしてるので「停電よ」って。

お風呂のスイッチが電気なので、ガスのお風呂ですけどスイッチが入らないのでお風呂も入れない。トイレも流れない。

停電だって分かっているのに、一分間に一回ぐらい、みんながつい電気のスイッチを入れようとする。

ヨーガで意識を覚醒してと、ずっといってずっと練習しているのにもかかわらず、こんなに無意識に電気があるのが当たり前って思ってるんだなということが、面白いほどにわかりました。

心の中ですぐまた「あ、足元のホットカーペット入れたいな」と思ってたり。

常に、電化製品を使おうとする気持ちが動いてるんですね。

とうとう13時間ぐらい停電していました。

心の中で「わぁー電気がないって本当大変ね」って、呟いてる自分を見たときに「待てよ」と。

最近のいろんな災害での被災地は、これがずーっと続いてることに気づいて、そしてしかも停電どころじゃない。

もちろんガスもなければ水も来ない状況なんだと思ったときに、初めて今まで大変だなと思う気持ちが、いかに自分のなかで他人事だったのかということが少しわかりましたね。

それでも現実に被災地で過ごされてる方々の実感には、足元にも及ばないと思います。

私たちはまだ壊れてない家もあり、水道もガスも出ているのに、電気が13、14時間来ないだけでこんなに不便なんだから、家がなく水道もガスも電気もないっていうことが、どれほど大変でどれほど過酷なのか。

本当にちょっとですけど味わうことができて、想像力っていうのはどのくらい練習してもやっぱり経験することにかなわないんだなぁと。

だからこそ、小さな経験からそれをうんと膨らませて自分の体で感じ取れるような想像力は、練習を積み上げていくしかないんだなと思いました。

自分の想像力もこれっぽっちなんだともしみじみ分かって、とにかく進み続けてやり続けるしかない。

こういう風に神様が、ものすごいタイミングで「まだまだだよ!」って教えて下さることが、ありがたいなと思った誕生日でした。

ヨーガ教室主宰 紙や まさみ
2018年10月3日(水)朝のレッスンで