いまローリングの後に、背中合わせになって呼吸を合わせるリラクゼーションをやっていますね。
考えついたばかりで、名前がないんですけど。
あれは最初に、お互いの滞ってる部分がアースされていきます。
上に寝てる人も下に寝てる人も、両方です。
そのアーシングが終わると、今度、エネルギーの強い人から弱い人へ、エネルギーがどんどん流れていきます。
それが終わると、呼吸が自然に合ってくるんですね。
呼吸が合って二人が完全にリラックスしてくると、今度は循環が始まります。
アーシングの後の、チャージングです。
この循環が始まってくると、エネルギーの増幅が始まってきます。
そしてどんどんどんどん両方共のエネルギーが膨らんでいって、呼吸も1人がしているかのように、ぴったりひとつの呼吸になって溶けていく感じが出てきます。
この溶けていく感覚がもう少し静かな状態までいくと、いよいよ素粒子レベルの感覚っていう、タットワシュッディの求めているものによく似ているのですけれど。宇宙とひとつになる感覚。
それはヨーガでいうところの、「わたしはあなたで、あなたはわたし」そこには境界がないのだと。全部繋がっているという状態へと誘われていきます。
クラスの時間の制限があって30秒しかできないので、その素粒子レベルの感覚までいくのはちょっと難しいかなと思います。
でも、やっていることを解説するとそういうことだと、知ってください。
これを何で思いついたかというと、やはり自粛期間中に外に出歩けないで、家族しか生身の人間を見ることがない、触れることもないとなると、あとは全部、スマホやパソコンの画面を通した対面だったり、動画を一方的に見たり、というコミュニケーションの取り方になります。
そうすると、生身の人間の感覚っていうのが薄れてくることと、家族以外の人に対して、自分がどういう心と体の状態で接したらいいのかっていうことが、段々わからない人が出てくるのではないかと感じたんです。
画面じゃわからないですね。ZOOMでも動画でもわからないです。いくら見えててもわからない。
同じ空間で、目の前で息をしていると、言葉を使わなくてもわかることはたくさんあります。画面では全くそれは出てこない。
背中合わせに触れ合うということは、向き合って見つめ合うよりも良くわかる。ほとんど全部わかるってことです。
そのときに緊張がほどけないとか、どこかに恐怖心があるとか、不信感があるとか、というのも、全部体のなかから出てきます。
そのアーシング、チャージングをやりながらでも、自分の心のなかを観察していくと、また自分のなかの滞りを客観的に見つけることもできます。
やり始めて何週間かですけど、やっぱりシャンティパットがほんとに素晴らしいなーと思うのは、こういう無防備な状態になって、お互いをすっと受け入れることができる土壌があるっていうことですね。
これはほんとに、いつも感動します。
35年の歩みのなかで培われた信頼であり、絆であり、シャンティパットファミリーとしての安らぎなんだなと思います。
普通に考えてですよ、たとえば職場で「これやろう」って言って「そうね」って言って、「あー気持ちいい」っていうふうには、なかなかちょっとならないだろうなと想像しますね。
でもシャンティパットでは1日目から、みんながとろけるように終わった後に表情が変わって、血液の循環までみるみるよくなって「あー、気持ちがよかった」って全員が口に出して言うのは本当に素敵なことです。
いろんな価値観を受け入れるという意味でも、コミュニケーションのひとつの方法としても有効ですし、何より、実際の生身の人間と触れ合い続けていくということが、とても重要だと私は思っています。
2020年6月18日(木)朝のレッスンで
アメイジング・ヨーガ教室
シャンティパット主宰
紙や まさみ