「まさみ語マーチ」は人生の指針です

今、クラスで「まさみ語マーチ」の練習をしていますね。

暗記をして歌えるようになりましょうっていうことの意味は、歌として覚えてほしいということじゃないんです。

歌詞を自分でよく考えて、毎日の生活の中で歌詞にあることが全部出来るようになったら、それはそれは見事な人生ですよ。

常に心の中の風通しがよくて、神様の応援がいつでも毎秒、毎瞬、いただけるような人になります。

けど、ただ歌っているだけでは体の中に入らないので、覚える時に感謝とか尊敬とはどういうことなのかっていう一言一言について、改めて考えてほしいです。

言葉で言うのは簡単ですけれど、じゃあ自分の行動が、大きく言えば、まだ命があることに対する感謝とか、自分よりも一日早く生まれた人はやはり先輩ですから自分より目上に対する尊敬というものをどういう態度で自分は表せているのか?

どんな時も誠実に生きるとは、どういう意味なのか?

ひとつひとつの言葉について、丁寧に考えてみることがこの歌を暗記してくださいという事の意味です。

シャンティパットの校歌として、これからは常に歌うようにしていきたいと考えています。

自分が考えていれば、歌うたびに、気づくことが増えてきます。

昨日のあの態度は、尊敬していると口で言っても尊敬している態度じゃなかったなというようなことに気づけたりとか。

逃げないって、何から逃げないのか?

やりたくないことから、逃げることは多いです、誰でも。そこから逃げない。

または、怖いことから逃げないと決めて、正面からすぐに、じかに、自分から動いていく事ができるかとか。

たくさんの、生き方のヒントの宝庫ですね。

まさみ語の中で最も基本的で、最も大切な言葉だけが4番までの歌詞にありますから、ぜひこの機会に、ひとつひとつの言葉の意味を自分の日常の中で生かして使えるように、まずは考える。

深く考えて落とし込んで、それで自分の行動が変わっていければいいなと思います。

人間の心の中には種がいっぱいあって、きれいな花が咲く種もあれば、悪い事をする種もあるんです。

みんな平等に同じ種を持っています。

自分がたくさんの種の中の、どの種に水と光をあげるのか? という事です。いい種だけを自分の中から大きく育てている人もいれば、残念ながら本当は水なんか与えちゃいけない、光なんか与えないで、ずーと地中深く死ぬまで眠っていてほしい悪い種にばっかり水と光を与えている人もいます。

良い種がいっぱいあるのに、良い種より悪い種に自分が水をあげるからどんどんそれが大きくなって、毎日の生活も考え方もしゃべっている事も友達もやっている事も、人生がおかしくなっちゃう。

これはやっぱり自分のせいです。

自分の中に良い種も悪い種も、みんな平等に全く同じものをもらっているってわからなければ、ただただやりたいからやるだけ、気持ちいいからやるだけ、楽しいからやるだけっていう生き方になる。

その結果、まだまだいっぱいある良い種に、水と光をあげる事が出来ないまま人生が過ぎていって、いろんな局面で難しい問題を抱える事になるんです。

自分の中に沢山ある良い種にどんどん水をあげて、どんどん光をあげるという事の意味を自分の中で探しましょう。

それにはちょっとした我慢が必要だったり、ものすごく練習が必要だったり、努力が必要だったりする事もあります。

楽しい楽しいって言いながら、自然に良い種に水をあげることもあると思います。

今自分が水と光を与えている種は、良い種なのか悪い種かという中心を探し続ける事です。それに気づく練習を積み上げていったら、はっきりと自分の歩く道というのが見えてきます。

ただただ一生懸命やっていくと、冒頭にお話したように、毎秒、毎瞬、神様のご褒美がちょっと先に置いてあって、そのまたちょっと先にまたご褒美を頂いて、そういうご褒美の連続でずーと応援を頂き続けて思い通りの楽しい人生、悩みが一切ないという人生が約束されているんです。

これは平等にです。全ての人に約束されている。

後は、やるか、やらないかだけで、そういう人生になるのかそうじゃないのか、分かれるという事ですね。

「まさみ語マーチ」をきっかけに、当たり前の言葉しかないですから、恩は一生とか、当たり前すぎて恥ずかしいくらいの当たり前の事、感謝と尊敬を大切になんてほんとに当たり前の事ですけれど、当たり前の事が、本当にどのくらい自分の中ではっきり実感をもってわかっているかという事を、ぜひ1回、丁寧に調査をしてみてください。

2021年3月31日(水)朝のレッスンで

アメイジング・ヨーガ教室
シャンティパット主宰
紙や まさみ